今週はCL/ELウィークでした。グループステージも第5節を終わってそろそろ趨勢が見えてきましたが、今シーズンはそれほど大きな戦術的ニュートレンドは出てきていないように思います。これはR.マドリーの「デシマ」で終わった2年前の13-14シーズン閉幕後に、総括として書いたテキスト。残念ながらアンチェロッティのプロジェクトは2年で幕を閉じてしまいましたが、「ポゼッションかカウンターか」ではなく「ポゼッションもカウンターも」というコンセプトは、バイエルン、バルセロナからフィオレンティーナまで、今シーズンもさらに先鋭化の方向に向かっているように見えます。

bar

「さよならティキタカ。俺たちゃゴールに一直線」。

CL準決勝第1レグでR.マドリーがバイエルンを1-0で下した翌日、イタリアの全国紙『ラ・レプブリカ』は、こんな見出しでチャンピオンズリーグにおけるカウンターアタックの復権にスポットライトを当てた。

ティキタカの本家バルセロナが準々決勝でA.マドリーに敗れて5年ぶりにベスト4進出を逃し、ポゼッション原理主義の伝道師グアルディオラ率いる前年王者バイエルンも、準決勝でR.マドリーの電撃的なカウンター(とセットプレー)の前になすすべなく屈したという事実が象徴するように、今シーズンのCLがこの秀逸なヘッドラインに集約される一面を持っていたことは明らかだ。

しかし、それをそのまま「カウンター>ポゼッション」という図式に還元して、例えば「ポゼッションサッカーの斜陽」というようなストーリーに仕立て上げられるかといえば、話はそこまで単純ではない。

そもそもアンチェロッティを監督に迎えた今シーズンのR.マドリーは、モウリーニョが率いていた昨シーズンまでとは異なり、本質的にポゼッション志向のチームだった。

ベイル、ベンゼマ、C.ロナウドという強力な3トップに加えて、中盤にもモドリッチ、ディ・マリアという攻撃的な性格の強いインサイドハーフを起用、CB2人も含めテクニックのない「守備専業」のプレーヤーは1人もいない。バルセロナと並んで世界で最もテクニカルで攻撃的なチームと言っていい。

事実、CLでも準々決勝ではドルトムント、決勝ではA.マドリーという強烈なカウンターアタックを武器にする相手をポゼッションで抑え込み、終始主導権を握って押し切っている(支配率は3試合とも60%弱)。

その一方でバイエルン相手の準決勝だけは、2試合とも主導権を手放して受けに回る(支配率はいずれも36%)という全く異なる戦い方を選びながら、同じように文句のつけようがないポジティブな結果を勝ち取った。

注目すべきは、攻撃的に振る舞っても守備的に振る舞っても、R.マドリーのディフェンスは常に安定していたという事実。準々決勝以降の5試合で喫した3失点はいずれもつまらないミス絡みの「プレゼント」であり、相手に守備を崩されての失点はゼロ、与えた決定機も数えるほどだった。

ポゼッションとカウンターという2つの戦い方を自在に使い分け、そのいずれにおいても攻守において相手を上回るチームが現われたのだから、もはや「ポゼッションかカウンターか」という二項対立的な議論そのものにあまり意味がなくなったと言うこともできる。時代は「ポゼッションもカウンターも」という新しいフェーズに入った、というのはちょっと言い過ぎだろうか。

あながちそうでもないと思うのは、実は昨シーズンのCL王者もこの点では共通するものを持っていたからだ。ハインケス率いるバイエルンは、アグレッシブなハイプレスからの速攻と落ち着いたビルドアップを的確に使い分ける、きわめてバランスの取れたチームだった。

今季のR.マドリーと比べればよりフィジカルでダイナミックだが、相手と状況に合わせて戦い方を変える戦術的柔軟性の高さが際立っていたという点、そしてどんな戦い方をしても高いレベルで攻守のバランスが保たれていたという点では同じ。こういう「万能型」のチームこそが最強であるというのは、考えてみれば当然のことである。

しかしもちろん、それが勝利を手に入れる唯一のアプローチだというわけではない。ひとつのコンセプトを徹底的に追求し、ひとつのスタイルを極めることを通して、他の誰にも及ばない卓越した強さを手に入れることができるというのは、「グアルディオラのバルセロナ」が4年間にわたる黄金時代を通して示した通りだ。

その意味で、あれほど自在でかつ強力だったチームをあえて一度チャラにする形でグアルディオラを招聘し、ポゼッション原理主義を導入したバイエルンのチャレンジは、きわめて興味深いものだ。

バルセロナとはまったくタイプの異なる選手、タイプの異なるカルチャーやメンタリティを持つドイツという環境に、元々バルセロナという環境に最適化されていた「ティキタカ」のフィロソフィを移植するという壮大な実験は、まだ1年目を終えたに過ぎない。

CLでベスト4、ブンデスリーガで圧勝しDFBポーカルも制したのだから、R.マドリーに完敗しただけでネガティブな評価を下すのは狭量というものだ。最後の30mをロッベン、リベリという個のクオリティに依存している点(バルセロナにおけるメッシと同じだ)、そしてカウンターに対する明らかな脆弱性という明らかな課題をどのように解決するのかは、来シーズンの大きな注目点と言える。

シメオネ率いるA.マドリーの躍進も、全員のハードワークによる他に例がないほど緻密で完成度の高い守備戦術とシンプルながら恐ろしく効率的な速攻という、「モダンなカテナッチョ」とでも言うべきリアリスティックなスタイルを徹底して追求した結果だった。

準決勝で下したチェルシーと比較しても、チームとしての戦術的完成度で明らかに上回っており、決勝進出は偶然どころか必然というべき。とはいえ決勝のマドリードダービーでも露呈したように、攻撃をディエゴ・コスタの個人能力に大きく依存しており、彼を欠いただけでほとんど決定機を作れなくなってしまったところは(アルダ・トゥランの欠場は大きかったが)、ひとつの限界と言える。ここから先は戦術というよりも資金力(=個のクオリティ)に依存する部分であることは確かだが……。

その観点に立てば、準々決勝でR.マドリーに敗れたとはいえ、攻守両局面に11人が積極的に関与して組織的に振る舞う、ドルトムントのインテンシティの高いトランジションサッカーは、バルセロナやバイエルン、そしてR.マドリーが向かっている、個のクオリティをベースにしたポゼッション志向の「テクニカルなトータルフットボール」とは異なる、運動量とダイナミズムに根ざした「フィジカルなトータルフットボール」の可能性を、引き続き感じさせるものだった。

総合的に見れば、昨季の覇者バイエルンに引き続き、今シーズンも攻撃的なスタイルを基本に据えつつも、相手と状況に応じてポゼッションとカウンターを自在に使い分ける万能型のチーム、言ってみれば「ユニバーサルなトータルフットボール」がヨーロッパの頂点に立ったということになる。

R.マドリーの完成度の高さを見ると、2008年から4年間続いた「バルセロナ対その他すべて」と同じように、今後数年は「R.マドリー対その他すべて」という構図になりそうな予感もある。違うのは前者が「ティキタカをいかに攻略するか」という1点にテーマが絞られていたのに対し、今回の王者はつかみどころがないほどに万能であるがゆえに、あらゆる攻略法が試されるであろうということ。R.マドリーそのものの進化も含めて、来シーズンのCLも目が離せない。□

(2014.06.14/初出:『footballista』)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。