ぼちぼち移籍マーケットもたけなわになってきました。これはクラブの規模によって、経営において移籍市場が持つ意味合いが違ってくるという話。8年前のテキストですが、基本的なところは現在も変わっていません。
ちなみに、最後に取り上げたレッジーナは今季レーガ・プロ(旧セリエC=3部)で下位に低迷してセリエD(セミプロ)への降格プレーオフを戦う羽目になり、最後の最後で何とかプロカテゴリーにしがみつきました。敗れて降格したのはメッシーナ。どちらもかつて日本人選手が在籍したことでおなじみのクラブですが、今はすっかり落ち目になってしまいました……。

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1億1900万ユーロ(約190億円)。
これは、レアル・マドリーがこの夏の移籍市場に注ぎ込んだ金額である。これだけ払って手に入れたのは、ロッベン、ペペ、スナイデル、ドレンテ、エインセ、たった5人の選手。もちろん、シシーニョ、エメルソンなどを売却してもいるわけだが、その利益は全部合わせても2730万ユーロ(約44億円)にとどまる。つまり、チーム補強の収支は9170万ユーロ(約147億円)の大赤字ということになる。

売上高およそ3億ユーロ(約480億円)の企業が、その3分の1に匹敵する損失を出して平気な顔をしているというのは、まったく尋常ではない。実際、マドリーの累積債務は2億7000万ユーロ(約430億円)にも達しているらしいのだが、カルデロン会長はまったく平気の平左である。

以前マドリーは、市内にあった旧練習場を市に4億1200万ユーロ(約660億円)で売却し、累積債務を全て帳消しにした上に、ジダン、フィーゴ、ロナウド、ベッカムなどの購入資金まで賄ったことがあった。この時は、スペイン有数の建設会社グループを所有するペレス会長(当時)が市当局と癒着、買い手である市が、元々住宅専用地域だった土地をわざわざ商業地域に指定変えし、そのおかげで土地評価額(=買収額)が数倍に跳ね上がるという「錬金術」が使われたものだったが、今度もまた同じような秘術が用意されているのだろうか。

そのマドリーを筆頭に、スペインリーグ1部の20チームが移籍市場に投下した金額の合計は4億7700万ユーロ(約763億円)に上る。一方、セリエAの20チームが使った総額は3億2340万ユーロ(約517億円)で、スペインの約3分の2。こんなところにも、両リーグの経済状況の差が表れている。

イタリアで最も多くの補強資金を使ったのは、他でもないユヴェントスである。イアクインタ、アルミロン、チアーゴ、アンドラーデなどの獲得に計5350万ユーロ(約85億円)を投じ、ミッコリ、サラジェータなどの売却で2100万ユーロ(約33億円)の利益を得たが、収支は3250万ユーロ(約52億円)の赤字。

トレゼゲ、ブッフォンなどの大物を擁するとはいえ、昨季セリエBで戦ったチームを一気にCL出場圏内まで強化しようというのだから、これくらいの出費は避けられないところだろう。B降格で売上高が激減したユーヴェは、補強予算を捻出するため、去る5月に1億480万ユーロ(約168億円)もの第三者割当増資を行い、株主から資金を集めなければならなかった。今回補強に使った残りは、赤字の穴埋めとスタディオ・デッレ・アルピの改修費に消えることになる。

ユーヴェに次いで出費が多かったのは、キヴ、スアーゾを獲得したインテル(3500万ユーロ=約56億円)。シシーニョ、ジュリなどを買ったローマ(3290万ユーロ=約53億円)、パト、エメルソンを買ったミラン(2700万ユーロ=約43億円)がそれに続く。

スクデットを狙う4チームの補強費が大きいというのは、すんなり納得できるところ。補強費だけでなく売却益を含めた移籍市場での収支を見ると、キヴをインテルに1800万ユーロ(約29億円)で売ったローマの赤字額がやや少なめ(マイナス1400万ユーロ=約22億円)だが、それ以外は軒並みマイナス2000万ユーロ(約32億円)を超えている。ちなみに2000万ユーロというのは、残留争いを展開するスモールクラブの年間予算にほぼ匹敵する金額だ。

とはいえ、これらメガクラブ、ビッグクラブは売上高も2億ユーロ(約320億円)規模に達している。補強に費やしているのはその1割強だということを考えれば、マドリーと比較してもバランスとしてはまあ健全な方だといえるだろう。

メガクラブ、ビッグクラブにとって、移籍市場というのは通常、資金を投じて戦力を補強するための機会である。したがって、その移籍金収支はほとんどの場合赤字になる。だが、その赤字は、ピッチ上で結果を出すことによって直接、間接に得られる様々な収入によって補うことが(理屈の上では)可能だ。

補強の失敗によってそれが単なる「皮算用」に終わり赤字だけが残る、というのもよくある話だが、そういう場合には、大金持ちのオーナーが私財を投じたり資産を売却したりして、穴埋めされるのが普通である。

しかし、財政基盤の脆弱なスモールクラブはそうは行かない。TV放映権料や入場料収入に多くを望めず、チームの維持・運営コストを売上高でカバーできないことも珍しくない弱小クラブにとって、移籍市場は、自らが発掘し育てて市場価値を高めた主力選手を売却することで利益を上げ、経営収支の帳尻を合わせるための機会になる。同じ移籍市場でも、経営上の位置づけはまったく異なるわけだ。

セリエA20チームのうち、移籍市場の収支が赤字になったクラブは、上の4つに加えてナポリ、ラツィオ、トリノ、パレルモ、パルマ、ジェノアの計10チーム。ちょうど半分である。残る10チームは黒字だった。具体的に名前を挙げると、カリアリ、アタランタ、エンポリ、レッジーナ、カターニア、シエナ、リヴォルノ、ウディネーゼ、サンプドリア、フィオレンティーナ。最後の3つを除く7チームが、残留だけを唯一の目標として戦うスモールクラブである。

最も黒字幅が大きかったのは、スアーゾ、エスポージト、ランジェッラという3トップを揃って売却し、その後釜に無名の若手を安く獲得して、差し引き1250万ユーロ(約20億円)の利益を稼ぎ出したカリアリ。

カリアリのように、売上高(移籍収支は除く)が2000万ユーロ(約32億円)そこそこのクラブにとって、選手売却による臨時収入は経営の生命線と言えるほどの重みを持つ。というのも、人件費をはじめセリエAでクラブを運営していくのに必要不可欠な支出は、売上高だけではカバーできない規模に達するのが普通だからだ。つまり、クラブ経営は慢性的な赤字体質にある。それを穴埋めするには、少なくとも数年に一度、選手売却による臨時収入が不可欠なのだ。

したがってこの規模のクラブにとっては、1)主力選手は売り時を逃さず売ってしっかり「換金」、2)その一部を若手に再投資、3)その若手を使いながら伸ばして市場価値を高め、主力に育ったらまた「換金」——というサイクルを保ちつつ、セリエAに残留できるだけの戦力を保っていくというのが、ほぼ唯一といっていい生き残りの戦略なのである。

前年活躍した選手の買い手を見つけるのは、それほど難しいことではない。問題は、その選手の売却益をできるだけ多く手元に残しながら、抜けた穴を埋める補強に成功し、チームの戦力を維持して行くことの方だ。それができなければ、金は手に入れたがチームは降格し翌年の売上高は半分以下、という事態に陥ることは避けられない。スモールクラブがセリエAで生き残って行く上で、最も難しいのはそこである。

その意味で、近年最も大きな成功を収めているクラブは、間違いなくウディネーゼだ。90年代半ばまでは、セリエAとBを往復する「エレベータークラブ」のひとつに過ぎなかった。しかし、ボスマン判決の直後から、独自の選手発掘網を世界中に張り巡らせ、無名の若手を安く獲得、数年かけて育てては高く売るという戦略に徹底して特化、常に質の高い人材を自前で補給し続け、12シーズン連続でセリエAにとどまっているばかりか、2年前にはCL出場まで果たした。

地方都市のスモールクラブが、独力で(つまり一度も大がかりな投資をすることなく)中堅クラブのレベルにまでのし上がった例は、この20年間イタリアでは他にまったく例がない。

ウディネーゼほど見事な成功事例ではないにしても、注目すべきケースのひとつといえるのが、毎年「いい選手から順番に」売却しながら、ここ5シーズン連続でA残留を果たしているレッジーナである。

過去数年の間に手放した主力選手は、ディ・ミケーレ、中村、モザルト、ボナッツォーリなど、枚挙にいとまがない。入れ替わりに獲得するのは、下部リーグ出身の無名選手、そして南米や東欧、北欧から発掘してきた未知の若手、いずれにしてもセリエAでの実績がまったくない、したがって移籍金の安いプレーヤーばかりだ。

当然ながら毎年、開幕時点では「昨季よりも戦力が低下」という評価を受けて降格候補に挙げられる。ところが、蓋を開けて見ればその無名選手たちが期待以上の活躍を見せ、チームに残留をもたらすのだ。

-11pのハンデを背負いながら奇跡的に勝ち取った昨シーズンの残留も、それまでセリエA通算でわずか3ゴールしか挙げていなかったにもかかわらず、その才能を信じて攻撃の柱に据えたビアンキ(現マンチェスターC)が、18ゴールという大ブレイクを果たして期待に応えたからこそ、実現し得たものだった。

レッジーナの真骨頂は、そのビアンキに加え、イタリア代表に招集されるまでに成長した右SBメスト(現ウディネーゼ)という主力を惜しげもなく売却してしまうところにある。

この夏の移籍市場で1650万ユーロ(約26億円)を手に入れながら、補強に使った費用はその半分にも満たない750万ユーロ(約12億円)。パラグアイ、アイスランド、デンマークといった「中堅国」から発掘した20歳そこそこの若手を平然とレギュラーに据えた、セリエAでも2番めに平均年齢の低いチームで、6年連続の残留に挑もうとしている。

自らの選手発掘眼への強い自信と、獲得した新戦力をレギュラーに抜擢して使い続ける勇気(と山っ気)がなければ、これだけ思い切った手を打ち続け、しかもしっかり結果を勝ち取ることは不可能だ。

この夏の移籍市場で大きな黒字を計上したのは、このレッジーナに加え、看板だった3トップを丸ごと売却したカリアリ、ムンターリ(ポーツマス)とイアクインタ(ユヴェントス)を手放したウディネーゼ、アルミロンをユーヴェに売ったエンポリといったところ。いずれも今シーズンは実績のない若手を積極的に抜擢、新たな「育成と売却のサイクル」をスタートしようとしている。今シーズンの動向が見物である。□

(2007年9月7日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。